よっちゃんのぶっちゃけた話
File 36
“Re:人生って何でしょう?”
2006/11/28
少し前の話になりますが、僕が教えているアマチュアの男の子が、彼のホームページの中でこんな題名でエッセーを載せていました。『人生って何でしょう?』
彼が学生の頃から知っているので、「そんな疑問を抱くような年齢になったのか」と思いながら、いつか僕なりの答えを伝えたいと思っていました。でも正直、僕にも分かりません。
おそらく、答えられる人間のほうが少ないと思います。思うに、人それぞれが自分の最期の瞬間に、「自分の人生はこうだった」とその答えを知ると言うか、感じるのではないでしょうか。又逆に、分からないからこそ今を生きられるとも言えます。
では、少し質問を変えて、『何のために生きるのか?』としたらどうでしょう?
これまた難しい質問です。'仕事で成功するため'、'名声を掴むため'、'夢を叶えるため'、
'素敵な人と出逢うため'、'美味しい物を食べるため'、'外国で老後を過ごすため'。
まあ、それも決して悪いことではありません。でもこれらは、人生における比較的近い将来に対する目標であって、生きるための指針とは少し違うと思います。もし僕の教えている若い子達が、こんな答えを言ったなら、ぶっちゃけ、「お前、ほんとにそれでいいの???」と、言ってしまうでしょう。
'人はそれぞれ、何かしらの使命を持って生まれてきて、それを果たすために生きている'と僕は考えていますが、じゃあ、自分の使命は何かと言えば、最近やっとそれが分かり始めた程度で、この先、具体的にどうすればいいのかということはまだまだ模索中です。
話は少し変わりますが、僕は常に疑問に思っていることがあります。それは、人間というものは元来野蛮なのか、それとも野蛮になりつつあるのかという疑問です。
日本においても、世界においても、その歴史の中で、人々は自分の領土を獲得するため、権威を高めるため、戦いを繰り返しては人々の命を奪ってきました。身分の階級制度がある時代には、同じ人間であるにもかかわらず、位の低い者に対してひどい仕打ちを平気で行った人間もたくさんいます。そういう時代に比べれば、現代の世界、社会はある程度の秩序を保っていると思うし、人々は平和的な考えを持つようになったといえます。
しかし、その一方で、ここ最近、日本国内だけにしても、毎日のように殺人事件がニュースになり、いじめ、詐欺、贈賄、飲酒運転など、ありとあらゆる犯罪が繰り返され、その数は増える一方です。そう考えると、人は相変わらず野蛮なのか、もしくはさらに野蛮になりつつあるか、のどちらかなのでは、と思ってしまうのです。
子供の頃テレビで見ていたアニメや子供用番組には、たいてい正義の味方や良心を持った主人公と、それに敵対する悪役が出てきました。子供たちはそれを見て、自分も正義のヒーロー、ヒロインになりきったし、悪者を憎みました。つまり、幼くしてすでに、善悪の判断がつけられるのです。
しかし、年齢を重ねるに連れて、物事の判断基準は善悪ではなく、自分にとって得か損かに取って代わり、自分に都合のいい生き方ばかりを追及する結果、気付けば悪に手を染めたりするのです。法に裁かれるような罪ではなくても、ゴミのポイ捨て、禁煙場所での喫煙、迷惑行為、言葉の暴力など、罪の意識も無いままに、たくさんの罪を犯しているものです。
僕が、日々生きている中で一番大切にしていることは、'思いやりと正義'です。英語で表すなら'LOVE & JUSTICE'。人生を通して自分がどこまでそれを深められるか、というのが僕の課題です。『人生とは何か? 何のために生きるのか?』と問われても、これという答えは言えないけど、『人生を通してどういう自分になりたいのか?』という問いには、ひとそれぞれ何かしら答えが見つかるのではないでしょうか。
人間が与えられた最も美しい武器は、'知性'だと、僕は思います。人間に生まれた以上、できる限り知性を磨き、そしてそれを活用したい。
"正義、真実、公平、誠実、共存、秩序、愛、情熱、平和"、僕の頭の中ではこれらの言葉がいつもぐるぐると回っていて、僕の言動を支配しています。もちろん、これらの言葉に反して、気付かないうちに過ちを犯すこともまだまだあります。でもその場合も、後から必ず心が痛んだり、ひどく落ち込んだりするもので、そういう反省を繰り返しながら、少しでも、自分の理想とする自分に近づきたいと思っています。
残念ながら世の中には、悪に心を奪われている人間が少なくありません。自分の利益のためなら他人の不幸もかえりみない、他人の成功を嫉み、失敗を笑う、自分に沿わない人間を排除する、こういう類の人間は、人間に生まれてきたことの本当の喜びを知ることは出来ないと思います。
自分の考えを他人に押し付けることは良くないと分かってはいますが、それでも僕は、自分のものの考え方を多くの方に知って欲しいと思っています。なぜなら、僕の考え方はとても平和的だと信じているからです。世界を平和にする力は僕にはありませんが、僕が直に触れ合う人々に、僕の生き方、考え方を伝えることで、その一部分にでも賛同してくれる方がいれば、人間が人間を傷つけない社会に一歩近づけると信じているから。
僕がこの、『ぶっちゃけた話』を書き続けているのも、そんなところに理由があります。
僕の大好きな、故サミー・デイヴィス・Jrの芸能生活60周年の記念コンサートで、応援に駆けつけたマイケル・ジャクソンが、サミーに、" You were there "という曲を捧げました。その詞の中に僕の大好きな言葉があります。
" We are here to be the best that we can be. "
" 自分がなり得る最高の自分になるために今ここにいる "
皆さんは何を思いますか?
僕はこの短い言葉の中に秘められた、人生を歩んで行くうえでの強い決意と希望と責任、そういったものを常に感じながら、理想の自分に、最高の自分になれるように生きたいと思っています。
YOSHIAKI