よっちゃんのぶっちゃけた話
File 27


“ 新年のはなし”

2004/2/1




 2004年、新春、皆様お元気ですか?約一年前、パソコンの故障をきっかけに長期にわたり ご無沙汰してしまったこの”ぶっちゃけ話”ですが、ご声援(?)にお応えしまして、COME BACK することにいたしました。今後の展開によっては形式等変わるかも知れませんが、お時間のある ときは覘いてみてください。

 新年といえば初詣、私も実家の近くにある小さな神社にお参りに行きました。宗教的なことには ほとんど興味のない私ですが、神社とか教会ってけっこう好きなんです。皆さんにとってこれらの 場所はどんな所ですか?一般的には、‘神様がいるところ’、‘神様に声が届くところ’、といった イメージを持っている方が多いと思います。でもじゃあ神様って?と考えると、すごく漠然としていて 抽象的ですよね。目に見えるわけでもないし。(信仰深い方にとって失礼な言い方だったらごめんなさい。) 神様はいると思う?」と聞かれたら、「YES」と答えるけど、「どうして?」と聞かれたら、私自身答えに 困る気がします。でもここ最近、といってももう2、3年前からですが、私の中でけっこうすっきりした 考え方が出来上がって、妙に独りで納得しちゃってるんです。神様というつかみ所のないものに似ている ものを考えたとき、思い浮かんだのは、‘心’です。例えば‘ありがとう’という言葉は感謝の気持ちを 表すものですが、誰かが‘ありがとう’と言ったとき、本当にそこに感謝の心があるのかどうかかは 分かりません。目にも見えませんし。逆に言えば、‘心’があるか無いかはその人しだいだと思うんです。 そう考えると、神様のいるいないもその人しだいと言えます。(ちょっと強引かな?) でもこう言ったら なんとなく納得してもらえるのではないでしょうか。‘心のある人には神様がいる’と。(結局はありき たりな考え方になるのですが。)こんなふうに考えるようになってからは神社でのお参りのしかたも変わり ました。以前は、「〜でありますように!」なんて一方的に望みが叶うようにお願いしてましたが、 今は自分の心にある願望や決意を確認し、それを神様に伝える場と考えています。

 そうそう、神社といえばおみくじがつき物ですが、以前はおみくじというものが嫌いで引いたことが ありませんでした。それがたとえ神様であっても、運が良いとか悪いとか決められるのは嫌だと思ったし、 先のことを予言されても、、、って思ってましたから。でも最近はときどき引くんですよ。皆さんはどん な気持ちでおみくじ引きますか?やっぱり「大吉でろ!!!」って感じかな。そりゃー凶より大吉のほう が嬉しいですよね。でもぶっちゃけ、大吉だろうが凶だろうがそれはどうでもいいと思うんです。 大切なのは、なぜ大吉が出たのか、なぜ凶だったのか、その意味を考えること。たとえば良いおみくじが 出たら、今の自分の方向性が正しいからその調子でというメッセージ、悪いのがでたら自分を見直そうと いうメッセージといったふうに、自分を見つめるきっかけにするというか。おみくじだけに限らず、 ふだん日常生活の中でも目にしたり耳にしたりするものの中で、ふと心に留まるものってありますよね。 そういうものも何かしらのメッセージを自分に投げかけているんじゃないかって、そんなふうに考える ようになってからは、以前よりもたくさんのことを考えたり、感じたりするようになりました。 頭の中は忙しないけど、たくさん生きてる気がしてます。

 久々のページ更新だというのに、興味のない方にはつまらない話でしたかね?ごめんなさい。 自分の中にしまっておけばいいはなしですが、‘ぶっちゃけの’コーナーですから、、、。
 もしとりあげて欲しい話題などありましたら北條ダンスのボードルームにでも書き込んでください。 ご期待に添えるかは分かりませんが。それでは。                                      

YOSHIAKI