よっちゃんのぶっちゃけた話
File 22


“ 燕尾服はちょっと、、、”


2002/3/18




 先日、髪をシルバーに染めてきました。幼い時から髪にはこだわりがあって、小学生の頃には母親の ヘアースプレーをこっそり拝借して髪を整えて学校に行っていたほどです。これまでに色々な髪型を 試してきました。それもあまり人がやらないような髪型ばかり。その度に母は、「なんであんたは そうかね〜?」と呆れ、私が、「あんたの子だよ〜。」と、ちびまる子ちゃんふうに言い返すのがおきまり でした。私がどんなヘアースタイルにしてもたいていの人は、「似合うね」と言ってくれます。もちろん 面と向かって、「似合わない」とは言えないのでしょうけど。でもなかには、「なんであんなふうにする のだろう?」って疑問に思う人もいるはず。人それぞれ価値観が違いますから当然のことです。ただ こういうふうには思われたくない。「個性をつけるためにそうしてるのか」と。正確には、私の個性がそう させているのです。同じことに思われるかもしれませんが全く違います。心の中の自分が提案してくるん ですよね、”ヘアーをシルバーにしろ”とか、”こんなファッション試してみな”とか、”こういうふうに振舞え” みたいに。’個性’っていったい何ですかね?小、中学生の頃ってよく、朝礼での校長先生の話の中や、 廊下に貼りだされた標語で、”個性を磨こう!”みたいな言葉を見たり聞いたりしますよね。その度に 私は、「そうさせないのはあなたたち大人でしょう!」って思ってました。(あれっ、僕って実は問題児だった りした???) そして自分が大人になった今でも考えは変わりません。自分が生きていく間に見たり、 聞いたり、触れたりするなかで、また出逢った人々とのやりとりのなかで感じるものを自分で解釈して 蓄積されたものが、’個性’だと思うんですよね。(もちろん生まれつきのものも多々あるとは思いますが。) そんなふうにして自分の中に形づくられた個性だからこそ、もっと大切にする必要あるんじゃないかなって 思う。「自分の心の声、聞いてあげないと」って思うんです。だからといって何でも好き勝手に自分の思い 通りにするっていうわけじゃないですよ。守るべきルールは守るべきだし、人の意見に耳を貸す柔軟性 も必要です。でも色々なことを考慮したうえで最終的な判断を下すのはやはり自分。周りに流されてしまっ たら、誰のために生きているのか分かりません。すみません、なんだか興奮してしまいました。

 レッスン中、「ここはどういうふうに踊ればいいですか?」 って聞かれて、「やりたいようにやりゃいいんだよ。」 って言うこと結構多いんですよね、私。教師の言うことにしては、ずいぶん無責任だなと思われるかもしれ ませんが、本当にそれが一番のアドバイスであると信じて言ってます。マジで。ただその、”やりたいように” が無ければ始まりません。じゃあどうすればそれができるのか?やはり色々な経験をして、多くの人に触れ 自分にとって大切なものを感じ、そして自分の声を聞く。あとは勇気を持つこと、’自分の好き’を実践する ための。そういう私もまだまだ知らないことたくさんありますね〜。生きているうちに少しでも多くのこと知ったり、 感じたりしたいものです。’生涯学習’ってやつですか。

 自分で言うのもなんですが、私、どんなヘアースタイルにしても、どんな洋服着ても似合う自信あるんですよね、 自分で選んだものならば。やっぱり自分の声聞いてるからかな。でも悲しいことに燕尾服だけは似合わなかった んだよな〜。どうでもいい話ですけど、、、。それでは。                                        

YOSHIAKI