よっちゃんのぶっちゃけた話
File 15


“10月10日に思うこと”


2001/10/29




 ロンドンから無事に戻りました。皆さんお元気ですか?いい季節になりましたね。 実は私事ですが、10月10日に30歳の誕生日を迎えました。昨年ぐらいから ‘連休を増やそう’とか言う政府の訳の分からない方針で、体育の日が、 10月10日から第2月曜日にかわってしまい、体育の日といえば自分の 誕生日、自分の誕生日といえば体育の日として育ってきた私にとっては、 寂しいかぎりです。きっと私と同じ気持ちをいだいた10月10日生まれ、 あるいは1月15日生まれの人って多いんじゃないかな。そうだそういう人 で集まってデモ行進でもやりますか?‘祝日を元に戻す会’みたいな 感じで、、、

 私の不平はこのぐらいにしておきましょう。さて、30歳というある意味 節目ともいうべき誕生日を迎えたわけですが、予想に反してこれといって 自分のなかで何かが変わったということはありませんでした。ただ 誕生日前の数週間が時間的に余裕のあるロンドン留学中に当たり, その間に色々なことを考えることが出来たのは、自分にとって有益だったな と思っています。教室の先輩たちには、「斉藤君も三十路の仲間入り だね〜。」なんて嬉しそうに言われてますが、自分自身は、年をとったという 実感がありません。ここで言う‘年をとる’というのは、体力や気力の低下 という意味です。言い換えれば、‘老け込む’というか。なんだか一般的に ‘年を重ねる’ イコール ‘老け込む’みたいに考えられているようですが、 私が思うに‘老け込む’という状態の変化は、それを自分が許してしまった 時に始まるものではないでしょうか。例えば、「もうそういう年じゃないし」 とか、「若くないんだから無理をしない」とかいうのを口実に、何かを 諦めてしまったり、「誰も見てないから」と言って、自分の容姿も気にしなく なったりみたいな。それが悪いこととは言いませんが、私には考えられません。 人間誰でも、25歳を過ぎると体力的には少しずつ衰えるといいますが、 適度なトレーニングによってそれは防げますし、年を重ねること自体は、 決してマイナスなことではないのです。精神的には成長してるわけですし。 ただ、そうは言っても人の命は永遠なものではないので、その時、その時 を大切にし、努力を続けて、人生最期の時には、「やれるだけのことは やった。」と、思えるように生きて行きたいと考える30歳であります。 ロンドンで練習に使っているラトリッシュという所には、とても広い芝の グランドがあって、ウォーミングアップ代わりにそこで走るのですが、 子供の頃、学校の体育の時間にやった体力測定を思い出して、100メートル ぐらいの距離を全速力で走ると、芝の青くみずみずしい香りと、後ろに 流れていく風の音に包まれて、なんとも言えずいい気持ちなんです。 そしてその度に、“がんばろう”という気持ちになれるのです。皆さんも、 機会があったら試してみてください。くれぐれも怪我をなさらないように!

 なんか改めて読み返してみると、校長先生の話みたいですね〜。やっぱ年かな〜?     

YOSHIAKI