よっちゃんのぶっちゃけた話
File 7


“目指すはハリウッドスター!?”


2000/11/13




 皆さんお元気ですか?私は今年の競技会が全て終り、やっと一息ついた ところです。それでは、File 7 の始まりです。

 あなたの周りにこんな人いませんか?“なぜだかわからないけど上手げに 見える人”、“それほど技術も無いのになぜか競技会で成績の良い人”、 実はあなたがそうだったりして。その一方で反対に“上手なのに目立たない 人”、“技術があるのに試合で成績が出ない人”もいるはずです。両者に良 し悪しをつけるのは難しいけれど、どっちが“得か”と言えばやはり前者で しょう。技術がどうであれ、“良く見える”に越したことは無いのだから。でも なぜこのような差が生じるのでしょうか。私は両者の違いは、前者は“演じ られる人”で、後者は“演じられない人”というところにあるのではないかと 考えます。以前、FIile 5 の中で、ダンスにはスポーツ的要素と芸術的要素 があるとお話しましたが、この芸術的という点において差が生じているので はないでしょうか。

 私は教えている学生カップルにこんな風に言う事があります。「俺は君達の ステップを見たいんじゃなくて、そのステップを使って二人が作り出す“何か” を見たいんだけど」と。私はこのダンスの究極の目的は、何かを表現するこ とにあり、そして表現するものに説得力を持たせるために技術が必要なの だと考えています。例えば、格好いい男性を表現したいのに、曲に追われて 慌てていたらどうでしょう。優雅な女性を演じたいのに、ヒールを履いただけ でグラグラしていたら、見ている方はがっかりです。表現するためにはそれ なりの技術が必要なのは当然です。しかし、その目的を忘れてしまっては 元も子もありません。

 ウッチャンナンチャンの芸能人社交ダンス部はまだ皆さんの記憶に新しい ところだと思います。私もテレビで見たことがありますが、なかなか良く踊っ ているなと思いました。実際成績も良かったし。その後、ダンス雑誌に彼ら の成績に対する抗議文のようなものが投稿されました。「芸能人ということ でひいきされている。」といった感じの。私はこれを読んで「何を言ってんだ か」と鼻で笑ったのを覚えています。確かに、技術的に見たら彼らよりも上 手なカップルもいたでしょう。でも何かを表現するという点で芸能人のカップ ルは秀でていました。 では、どうしたら表現できるのか?一番手っ取り早いのは、何かに(誰かに) なりきることです。さわやかな青年、恋する女性、シリアスな男、金持ちの女、 陽気なブラジル人、悲しみを背負ったジプシー・・・。何でもいいから、自分 なりのイメージを持って、気持ちからそれになりきる。タイタニックのテーマ曲 を聴いて、ジャック(ディカプリオ)やローズ(ウィンスレット)になりきれる人こそ、 人の目を引くし、競技会でも好成績をあげられるはずです。えっ、そんなの 恥ずかしくてできないって?ならば上手になるのはあきらめた方がいいです。

 私がプロになって初めて教えた学生で、“ボンバー”というあだ名の生徒がい ました。私が何も言わなくても曲がかかれば自分の世界に入り込み、それこ そ百面相と言っても過言ではない程、いろいろな表情を見せてくれました。 最近はこういう学生が少なくなったなー。ちなみに彼は卒業後、役者の勉強 をしているようです。ぜひ一度、舞台に立つ彼を見に行きたいと思っています。

それではまた。

YOSHIAKI