2006年 イギリス、ローマの旅   文 山口 慶子



第1話   イギリスへの旅

私達は30余年に渡って毎年イギリスヘ勉強に行き、その都度色々な経験と話切れない程の沢山の思い出があります、しかし今回はかってないほどの忘れられない思い出になるのではないかと思いました。

 今年は8月7日から27日に帰国という約3週間の渡英計画をたてました。しかし私は大きなミスをしまして(パスポートの期限切れ)北條先生より1週間遅れて出発することになりました。皆様もご存知のようにイギリスでテロリストが大勢逮捕され、あわや大惨事になるところを無事にすんだという大変ショッキングなニュースが飛び込んできました。私が渡英する直前でしたのでとても心配でしたが、北條先生が既にイギリスヘ行っていますし、レッスンは私も楽しみにしていたので何事も起こらないように毎日祈っておりました。幸いにも無事に渡英出来、帰国出来ましたので今はホットしています。

 帰国した日にテレビを見ていましたら、二十四時間のチャリティ番組を放映していました。その時 末広涼子さんがロシアの小学校がテロリストに占拠され、大勢の子供達や先生が殺されたニュースをレポートしてました。先生が身を挺して助けた子供も銃弾の跡など傷だらけで、そのテロリストの残虐な行為にとても他人事とは思えないほどの激しい怒りを感じました。

 私が渡英した時も成田でのチェックはいつもより厳しかったですが、帰りの時はもっと厳しく、いつもチェックインする時は2時間位前には空港に行ってますが今回は3時間以上も前に空港に行きましたら既に凄い行列が出来ていて、その凄さとチェックの厳しさにビックリしました。機内に持ち込むのは化粧品は殆どが駄目、目薬、コンタクトレンズの液はだめ、眼鏡ケースも駄目、赤ちゃんのミルクは赤ちゃんか母親に飲ませてから許可する等、とても異常に感じましたが安全を徹底して欲しいので厳しい検査も我慢、私達にとりましてもテロは大迷惑でした。



第2話   イギリスにて

皆さん 現在イギリスと日本、どちらが物価が高いと思いますか、以前 日本は物価がとても高い国と思われていました。今でもそのように思っている人もいますが、今ではイギリスの方が大変物価高です。まず一番ビックリしたのは地下鉄の切符です。ある日 ピカデリーサーカスからハロッズ(デパート)のあるナイツブリッジヘ行きました。たった3駅しか乗らなかったのになんと1人 3ポンド(約700円位)、ビックリしました。又 ハロッズの傍の駐車場は1時間で1,400円も取られますのでうっかり買い物に気をとられていますと大変です。
三越の傍にある駐車場は1時間で約1,000円ですのでまだましです。ガソリンも昨年と同様に高く 1リッター レギュラーで(約 230円)、北條先生が大変高いとぼやいていました。その他も日本より比較して高く寂しいかな余り買い物も出来ませんでした。


 ダンスの話に移りましょう、私達は毎年リチャード・グリーブとジャネットにレッスンを受けています。
まず最高に良いことはリチャードさんが日本語が達者ですので、大変質問がしやすいということです、私達は現役の選手ではないのでどのように選手を教え、育てていくかが大切な部分です。
昨年もインプルーブしましたが今年は昨年よりもレッスン内容がクリアーになった気がします。
リチャードさん達にレッスンを受ける事はとても楽しく、又それを練習場で練習をし、ディスカッションをしながら勉強していくのがとても楽しいです。今回 私のミスで1週間遅れて渡英、北條先生が1人でレッスンを受け、練習場でシャドーを踏んでいたそうですが、それなりに楽しかったみたいです。毎年 来年は行くのを止めようか?と思いますが、レッスンを受けるとつい次の年の予約をしてしまいます。選手を引退してからも毎年渡英し、レッスンを受けられる環境を与えてくれるスタッフに心から感謝しています。



第3話    イギリスからローマへ

私達はここ何年間、頑張っている自分達にご褒美ということでイギリスで勉強した後に、3,4日の日程でイギリスから近くの国へ(2,3時間位の飛行)ホリディとして遊びに行きます。今回は3泊4日でローマヘ行くことにしました。
イタリアは物騒な国とよく聞きますので安全とロスが無いように、日本からガイドさんとハイヤーを頼んで旅行することにしました。空港には千葉さん(女性)というコンダクターの方が迎えに来てくれました、千葉さんは30年以上もイタリアで生活しているので任して安心、ガイドをお願いしてとても良かったと思いました。
レオナルドダビンチ空港からホテルに向かいましたが、千葉さんが翌日の観光のリハーサルだといってざっと観光のアウトラインを廻って下さいました。最初は見る遺跡が殆ど紀元前の物で壊れた石の建物が多く、(宗教の関係で壊されたり、中には博物館等に展示する為、絵画や大理石等を剥がされたそうです)余り綺麗な景色でないので何となくガッカリしましたが、段々見ていくうちに遺跡の偉大さと歴史が感じられ徐々に興味が湧いてきました。
ローマの街は2つしか地下鉄が無く、それは地下を掘ると遺跡が出てくるので途中でストップされてしまうそうです。新しく感じる建物も西暦100年位に作られたと言うのですからビックリすると同時に気の遠くなるような感じです。

私達のホテルはオードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックのローマの休日という映画で有名になったスペイン広場のすぐ近くで、とても便利で賑やかなところにありました。

ホテルについてから直ぐスペイン広場へ行きましたら観先客でとても賑わっていました。ローマの休日を見た人はおわかりでしょうが、長い階段の下には船の形をした池があり、そこから出る噴水が涼しさを演出しているせいか大勢の人が船の周りにくつろいでいました。


スペイン広場の前はコンドッテイというメーンストリートがあり、その通りの周囲には有名なブランドの店が並びクラシカルな建物は昔のイギリスのボンドストリートを思い起こさせるようでした。その晩は千葉さんの知人が経営しているイタリアンのお店に行きました。最近では日本でもイタリアンレストランがポピュラーになり美味しい店が増えてきました。
量はイタリアの方がとても多く、3人で2人分をシェアーして食べましたが、それでも食べきれない位多かったです。店主はトモコさんと言ってバイタリティのある江戸っ子みたいな人で、千葉さん同様外国で働く日本女性の逞しさを感じました。次の日はいよいよ観光、余り沢山の遺跡を見ましたのでとても覚えきれず、強く印象に残った物をレポートします。



第4話    ローマの素晴らしい遺跡

1)コロッセオ(円形闘技場)

コロッセオが滅びる時ローマは滅び、その時代も滅びると言われたそうです、西暦80年に6万人以上を収容できる巨大闘技場を4万人以上もの奴隷を使って、たった8年で完成させたそうです。その頃皇帝達は偽政の関心をそらせ市民の歓心を買う為に奴隷や捕虜達と猛獣の残酷な戦いを観衆に見せたり、様々な娯楽を提供したとの事、昔見た「ベンハー」という映画を思いだしました。

2)トレビの泉

紀元前1世紀に整備された水道を利用して18世紀に完成した噴水で、ローマを代表する観光スポットです。あまりに有名なことは「肩越しにコインを投げると再びローマを訪れられる」というエピソードです。ローマの中でもひときわ大きいこの噴水はバロック芸術の傑作だと言われています。夜になるとライトアップされ、昼間よりも綺麗なせいか泉の周囲には観光客が溢れていました。

 
3)パンテオン(全ての神々の、という意味)

これは皆さんに是非見せたいとな思うほどの素晴らしい建造物です。本によりますと現存するローマ建築の最も完全な遺構であり、世界最大の石造り建築だと書かれています。紀元前27年に建てられたのが紀元80年に火災で焼失、118年に立て直されたと言われてます。
外側は多分焼け残った物と思われる石だけの円形の外壁です、パンテオンの中に入るとそこはかなり薄暗いですが、円形の天井は四角い幾何学的な石で作られ、その天井の真ん中は直径9メートルの空洞の窓があり、そこから太陽の光が差して室内の明りを作り出しています。
その明りは太陽と共に動き正午になるとパンテオンの正面の位置に来るように造られています。
大昔の人の頭の良さには大変ビックリさせられました。床も美しいモザイクで作られ、壁画やモニュメント等がなんともいい表せない位シックで美しく、又 入り口の鉄の扉は厚さが30センチ位あるのではないかと思える位厚く、尚且つ彫刻されているのですから驚きです、全てに計算と芸術と建築技術を備えた建築物でとても紀元前に作られたとは思えません。


4)ナヴォーナ広場

古代ローマの競技場を利用した広場で、ローマ人の憩いの場所とのことです。ここは車が入って来れないので路地にはレストランが並び、とても開放的で明るく、広場には三つの大きな噴水があり、彫刻されている石やモニュメント等大変見る価値のある噴水です。特に真ん中にある噴水は「四大河の噴水」といわれ非常に大きい物です、四大河とはナイル、ガンジス、ドナウ、ラプラタ河の事でその河が集まり、そこに様々な動物が水を飲みに来ている様子を像にしています。その美しさと大きさに大変圧倒されました。

5)真実の口

サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の正面の柱廊の左側にあり、丸い形をした石物で嘘つきが口の中に手を入れると噛み付かれてしまうという伝説のある大変有名なスポットです。私達も手を入れて見ましたが噛み付かれなかったので安心致しました。

6)サン ピエトロ広場、寺院

ここは入場するのに2時間位待たなくては入れない位行列が凄いので、残念でしたが中に入るのを諦めました。サン ピエトロ広場の半円形の回廊の奥に寺院があり、概観は横広で美しく、とても大きな建造物でカソリックの総本山として規模、装飾共に世界屈指の荘厳な宗教建築だとの事です、まさにそのとおりの立派な建物でした。又 隣接しているヴァティカン博物館も一見に値するといわれますが見れなくてとても残念です。          

その他には最高裁判所(写真に撮れませんでしたが素晴らしい建造物でした)とかローマオリンピックの時に造られました会場の中庭にあるオリンピック全種目の石造モニュメントが印象的でした。全てが素晴らしく歴史を感じさせる遺跡でしたが余り多くて語り尽くせません。千葉さんもまだ案内したい場所が沢山あるので来年又ローマへ来て下さいと何回も言っていました。建物以外ではローマの路地の殆どが石畳で出来ており、特にイタリア半島のかかとの部分にある港まで続くアッピア街道の大きな石畳と馬車の轍の跡がとても印象的でした。



第5話    ローマからナポリヘ

3日目はフリータイムでしたが、急に思いたって千葉さんに頼みナポリヘ行くことにしました。北條先生は本場のナポリタンが食べたいと思いリクエストしたそうですが(ナポリタンは日本で作られた物です)千葉さんは私達にナポリよりも南にある

 
ポンペイの遺跡を見せたくて、ポンペイの後にナポリヘ行くことになりました。3時間位車にゆられてかなり南にあるポンペイの街に着きました。
街自体は小さなホテルとお土産屋があり、普通の観光地と同じですがボンペイの遺跡には大変ビックリしました。
そこはヴェスヴィオ山という火山があり、その火山が西暦79年に2度の大噴火を起こし、紀元前から非常に栄えていた街が一瞬にして火山灰で埋まってしまい、その後18世紀半ばに発掘されたそうです。
そこは余りにも真っ青な美しい空と壊れたままの遺跡とが何ともミスマッチで変な感じをうけました。その中を2時間位歩きましたが、全てが殆ど壊れていましたのでその時の状況が何となく想像でき恐ろしい感じがしました。
廃墟となった街には死んだ大人や子供が火山灰で石膏化され、まるでモニュメントのように見えました。
其のほかには浴場、居酒屋、洗濯屋、パン屋等の石造が沢山ありました。
大邸宅等には夜暗いため部屋の中等に大理石の小さな光る石で道しるべが作られてあったり、通りにある居酒屋の前には馬を留めておくためのヒモを結ぶ穴が作られたり、その時代の様子がはっきり解るようでした。
又そこは海が近いので外国船が寄航するため、船員達の遊ぶ慰安所があり、そのリアルな造りに大変ビックリしました。その場所には観光客が多く何時の世も興味を抱くのは同じなのだなと何だか可笑しくなりました。その後30分位車に乗り目的のナポリに行きました。


ナポリは少しローマの方に戻りますが、余り時間が無かったので直接ナポリの海を見ながら食事をすることになり、船が沢山停泊している傍のレストランに行きました。
青い空、青い海、沢山の船、美味しかった食事(北條先生はナポリタンがなくてちょっとガッカリしてました。)強行スケジュールで大変でしたがナポリまで足を伸ばして良かったなと思いました。

2週間(北條先生は3週間)の短いあっと言う間の旅で、テロリストの事件には大変驚かされ迷惑を受けましたが、楽しかったダンスのレッスン、歴史を感じながらの楽しいローマの旅、ひとつひとつがまだはっきりと思いだされ、今年も又 有意義な夏休みをすごすことが出来ました。