今年一年を振り返って
〜〜〜セグエって大変だー〜〜〜〜 by 明&雅美

今年もおわりですね。皆さんはどんな一年を過ごされましたか?

私達は今年も例年通り、大変忙しい一年でした。例年通りじゃなかったのは SA級になって初めての年だったことと、夏に北海道教師協会の招聘で北海道 5ヶ所をデモ・レクチャー・レッスンで中一日休みは有るものの、約10日間 でまわるという、東部の選手の間では、必ずリーダーかパートナーのどちらか が体調を崩す「地獄の北海道ツアー」と呼ばれている仕事を頂き、私達も例に もれることなく雅美が急性胃腸炎でダウンし、点滴を射ち空腹に耐えながらの りきったことの2つですね。北海道でお世話になった先生方に、この場をお借 りしてお礼を申し上げたいと思います。どうもありがとうございました。

大変だったことといえば、やはりセグエ制作でしょう。毎年全日本の頃にな ると、選手どうしで、まるで挨拶のように「もうセグエ決まった?」という言 葉が交わされます。モダン選手の中には、全日本前にもう既にでき上がってい るカップルもいて、「振り付け忘れちゃわない?」とか聞きながら、内心すご く焦ってたりするんですよ。でも全日本が終わると、今度は自分の生徒さんの レッスンや、週末にゲストとして各地に出掛けることで、結局、チョー忙しい 11月後半になってから「一応今度の渡英までにテーマを決めて、曲集めぐらい しとかなきゃね。」ということで、考え始めるのですが、前のよりもよい作品 を創りたいと思うと、なかなかいいアイデアが浮かびません。しかし今年の場 合は、去年のうちに師匠であるドニー・バーンズに「来年のセグエ創ってくださ 。」とお願いしてあったので、余裕に構えて手ぶらで渡英し、U.K.戦が終 わってから「さて、そろそろセグエに取り掛かりたいのですが・・・・。」 と恐る恐る切り出すと、「えっ?おまえ達テーマ曲もまだ決まっていないのか? それじゃできるわけないじゃないか!オレはスーパーマンじゃないんだぞ!!! 」と叱られてしまいました。でも、言い訳じゃないけど、ドニーってどんな問題 かたづけてくれそうじゃないですか?その後2人で話し合って、「二人でやるなら なおさらいいアイデアも出ないし、時間もないから今度のセグエはキャンセルする よ!」とがっかりしてちょっとプリプリしながら言い放つと、「まぁちょっと待て。 オレ達が昔やった作品はどうだ?それとも誰かからか買うか?」と慌ててフォロー しようとしてくれたけど、他人がやった作品をやりたいと思わなかったから、 「ノーサンキュー」と断った。すると今度は「じゃぁ、レゲエセグエとか、ブラジル セグエなんかはどうだ?」と持ち掛けてきた。「できない」と言われてすっかりやる 気を無くしていたところだったけど、せっかくヘルプしてくれようとしているのに 悪いと思い、「そうだね、いいんじゃない。」と答え、とりあえず私達はCDショッ プへ走り、3万円程買って帰り、曲を決める為に聞いていた。そこへドニーがやって きて(私達はドニーの家に間借りして住んでいるのでこういう展開になる)、 「何かいい曲あったかい?」と聞いてきたので、「うーん、何曲かはあったけど、 テーマが漠然としてて選曲するのが難しい。」と答えると、「聴かせてみろよ。」 というので、何曲か聴かせていると、「あー、オレこのミュージシャンすっごく好き なんだー!ねえ、貸してよ。」ときた。この時の私達の心境は、「セグエ創って下さ るなら何でもします。どうぞ好きなだけお持ち下さい。」である。そして彼は私達か らCDを3枚ゲットして母屋の方へ立ち去った。おあずけをくらった2匹の小犬のよ うな明と雅美を後にして....それからしばらくしてまた戻ってきて「この曲なん かも使えるぞ。」と映画のサントラを持ってきてくれて、音楽の話をしてるうちに 「そういえば、オレいい曲持ってんだよー。ほら、練習会でかかるやつだよ。そうだ っ!あの曲を使ってアフリカンセグエはどうだ?うん、それがいいんじゃないか? 音楽が無いと振り付けができないから、ドイツまで行って作ってきなさい。電話をし といてやるから。エアチケットも取ってあげよう。振り付けは、ルード・ベルメイ にヘルプしてもらおう。」と彼の心の中では決定方向へ進んでいた。「ちょっとお待 ちください、ご主人様。予想外の展開でございます。音楽ぐらい自分達で作ります。」 次の日再びCDショップへ走る小犬達であった・・・

一日掛かりで、しかもMDウォークマンまで購入して作った音楽を携えて、とてもア −ティスティックと評判のルード・ヴェルメイ先生のレッスンに向かった私達は、 「これでセグエ選手権に出られるー☆」とほっとしていました。

レッスンが始まる前に、「リフトとかも入れるから低いヒールでね。」音楽を聴かせ ると、なにやら怪しく手足を動かしている。彼のモダンダンス的な動きは、私たちを 未知なる世界へと連れていってくれることを期待させるようでした。彼は2日間にわ たる6時間でエントリーからエンディングまで振り付けてくれた。と書くと、とても 簡単にできたかのようですが、セグエをご覧になった方は覚えてるかもしれませんが 、雅美が明の腿の上に乗ったり、床の上をゴロゴロと2人が重なったまま転がったり 、不可能に近いような所から足を抜いたり、それはそれは大変な痛みを伴うものとな りました。これをドニーに見せると、「エントリーとつなぎの部分とエンディングは 面白いけれど、あとの部分は全然ダメだ!まるでチグハグじゃないか。」それもその はず、普通のコンペで踊っているものを当てはめただけでしたから。そこからドニー 先生のマジックの始まりです。普通のダンスをアフリカのテイストに変えてくれまし た。今までの経験が多いだけじゃなく、頭がいいんですよすごく。

よし、ダンスはできた。悩めるところはコスチュームです。 雅美はさっそく実家に 国際電話を掛け、子どもの頃父親の本棚にあった「世界人類百科」の中のアフリカの 部分をセレクトして東京におくってくれるように頼み、明は従姉でデザイナーのクニ コさんにデザインを依頼しました。そして帰国の日まで練習に励みました。しかし、 練習すればするほど青あざが増え、ついには雅美の脚の付け根の筋をを傷めてしまい 、ルンバの後退ウォークさえままならない状態となってしまったのですが、休ませな がらなんとか練習し、帰国しました。

帰国する前から私達は、「ドニーもルードも白人で、私たちは黄色人種・・・日本に 帰ったらアフリカンダンスを習おう。」と話しており、幸運にもプライベートレッスン をしてくださる先生が見つかり、セグエを見ていただくことができました。ケイ先生 という女性の先生で黒人のダンス、アフリカンダンスとはどんなダンスであるかという ことから、表現方法、身体の使い方など、短い時間の中でいろいろなことを教えていた だきました。そして、私達のセグエに対しても、アドバイスを頂き、私たちの頭の中に あったもやもやが晴れました。

さて、コスチュームはやはりクニコさんのデザインを採用しようということになった のですが、なんといっても暑ーい国アフリカですから、特に男性は、どんな資料を見て も裸に布をまとっているだけというスタイルが多いのです。競技の規定として、 (一応)ノーマル5種目も踊れる服装となっているので、まさか上半身裸で踊るわけ にはいきません。じゃあ何か着てればいいんでしょ、ということでスキンカラーのシー スルーシャツに刺青やボディーペイントをしてあるようにペイントしてもらうことに なったのです。女性の方はいっぱいビーズを付けてもらい、スカートの部分は木の皮 や草でつくったようなカシャカシャした感じを出すために、なんと、荷作り用のビニ ルひもを使ってもらったのです。

心配していた脚の痛みも、ダンスコスチュームハセベの社長、長谷部さんに紹介し て頂いた先生のおかげで踊れるようになっており、「さあ、明後日はいよいよ本番」 というその夜、私達は一升ビンを抱えて出掛けました。さて、どこへ?お友達のまど かちゃんの所です。まどかちゃんはとても器用で、オパールさん(ダンサーがよく利 用するパールという名の美容室がある)と呼ばれているぐらい髪型を作るのが上手い。 雅美はちゃんと彼女に「あ、オパールさんですか?予約入れたいんですけど。」と電 話予約していたのです。あのシュウマイを何個もくっつけたようなヘアースタイルは、 クニコさんのデザイン画どおりで、当時安室奈美恵ちゃんが黒人のまねをしてやって いたものと同じでした。オパールさんは長い爪で器用に希望通りのものに仕上げてく れました。でも、当日入場行進でヘアスタイルも見せたくないとおもった私達は、 ニットのベレー帽をかぶったんです。だって、ちょっとでも見えたらつまんないじゃ ないですか。踊る時になってやっと見ることができた方がもっと感動すると思うんで すけど....

当日はいつも通り吉村さんにメークをしてもらい、脚にもペイントしてもらって本 番です。たった3分の作品に、こんなにも悩み、苦労し、痛みに耐え、ほんとに大勢 の人々の力を借りてやっとできあがったセグエ「アフリカメリカ(AFRIKCAM ERICA)」....皆さんもう一度ビデオがあったら観てみて下さいね。 来年からセグエのテーマを募集しちゃおうかな(?) では、風邪などに気を付けて新しい年をお迎え下さい。

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